杉山洋子料理工房
 


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FOOD TALK

教室でお料理を教えたり、世界の「食」を求めて旅をしたり、 また日常生活の中から役に立つアイデア、新しい発見、感激など、「食」に関するエッセイをお届けします。



2004年ユーロの旅

photo オランダでのアスパラのことは先に書いたが、その前のパリからはじまって、オスロー、プロバンス、ブリュセルのことを忘れないうちに書き留めておこうと思う。

パリでの用事はただひとつ。レストランは一度行っただけで十分。その昔は、旅行者(日本の天皇、皇后陛下から、アメリカの大統領、セレブリティーなど) がこぞって訪れた、何番目のダックをあなたに供しますとカードを発行してくれる、今は落ち目で二つ星の「トゥ―ルジャルダン」ブティックでキッチンタオルを買うこと。 サイズといい、吸湿性といい、とても気に入っていて、ここ15年間使い続けている。それらがぼろぼろになる前に、つぎの1ダースを買いに出かける。パリに着いたその日 に用事は終わってしまう。サンルイ島のカフェでぼけーと、通行人を眺めながら、まるで、隣町にでも来たかのようにオリーブをつつきながら、ワイングラスを傾ける。 至極の時ってこんななんでもない幸せな気分の時かなって。

photoパリ在住の友人、ジェニファーと出かけたジョルジュサンクのランチ。やっぱり、五つ星のホテルのレストランは違うと思うものがある。テ−プルのセッティングや、 花の飾り方からしてセンスがひかる。しゃれている。オッシャレーとうならせられるのが楽しい。デザートがまた!!!まさにこれは命の洗濯だといいたい。リッツでも、 ブリストルでも、日本人としていくと、よいテーブルに座らされたことがあまりない(日本人の団体グループが心ある人までも巻き添えにしているのではないかっ! とよく腹立たしく思う場面に出くわすが)が、フランス語も流暢な友人がいると、すっごーく、気負うこともなく、自然にふるまえるのが、我ながら面白い。

数年前、オべラの近くのフランソワのクッキング・スクールで、AIWF(American Institute of Wine and Food)に招聘され、フランスの食通の人達に教え たことがあるが(私の前の講師はロバートモンダビ氏)、そこの近くに日本以外ではじめて、めっちゃおいしいうどん屋を発見した。國虎。 私の注文は冷やしうどんとてんぷら。パリでなんでうどん?って、思うけれど、私の主人はアメリカでも、世界中でも、どこへいっても食べる時は、 和食の店を探してイエローページをめくる。結婚当初ばかにしていたのだが、すっかり私にも移ったようだ。サンフランシスコに着いたらまっ先にいくのが、三船。 きつねうどんを食べに行く。パリについて明日から、プロバンスなんていうと、絶対いくのが衣川。いつも決まっている。衣川は京都のたん熊出身のシェフが腕を ふるっている。稲庭うどんから松花堂弁当、牛肉の石焼き、ちょっとした懐石まで食べられる。

何を話していたんだっけ?あっち飛び、こっち飛びしてしまった。

photoそう、今回は急きょ、ノルウエ―に教えに行くことになった。IACPに所属していると、海外のコンフェランスでも常連になって、気が合う、 とても親しい友人たちと年に二〜三度も地球上のどこかで会うということがある。また相互の行き来も多い。ちょっと声をかけておくと、 世界でも有名な先生が我がキッチン工房に教えにきてくださる。また、私は有名でも何でもないが、キャリアだけは長いので、結構大きな顔をしているが、 CCP(Certified Culinary Professional)のタイトルを持っているので、自分から声をかけると、世界中のどこでも教えられるという特典がある。そこで今回は、 しょっちゅうお声をかけてもらいながら教えにいっていなかったノルウエーに行くことにした。ノルウエーは1996年にもオスローを中心に、ベルゲンやその近くの フィヨルドに汽車やバス、飛行機で、東西を二度往復し、ノルウエーの文化大臣主催の晩餐会から、ありとあらゆる食文化に接する機会があった。

photoオスロー空港はすばらしい。なぜすばらしいかというと、空港から直結していて、エレベーターを下に降りるだけで、電車の駅から市内の中心へ20分以内で行けるのだ。 それに比べると、パリの空港は、遠い距離を歩いてやっとリムジンバスをさがし、そこからもえっさら、おっさら、時間がかかり、やっと TGVの駅にたどりつくといった始末だから。迎えを頼む必要もない。オスローの郊外はリラの花、そう、ライラックのまっさかり。 いろとりどりのライラックに迎えられる。濃い紫、マジェンタ、うすい藤むらさき、白と、白夜の北欧の夏を象徴しているような花、花、花。 花の大すきな私は、それだけで大歓迎を受けているような感概にひたるのだ、うれしい。
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着いたと同時に、シャンパン・パーティーとオべラが用意されている。着替える暇もないぐらい大慌てでパーティーへ。オペラはメンデルスゾーンの真夏の夜の夢。 主役がなんと日本人だったのには驚いた。また、劇場を出た後の驚きは、終わっても空が夕方の明るさである。まさしく白夜。ちょっと感が狂ってしまうなあ。 夜、寝る時も真っ暗のカーテンをしめないと夜にならない。

photo翌日はノルウエーの最高級からカジュアルなレストラン数軒のオーナーでもあり、今まで156冊もの料理の本の写真を担当したというフォトグラファーでも あるBANGTHの海辺の家でピクニック料理をつくり、写真を撮るのでそれに付き合った。オスローから2時間ほど南へ、空いたフリ−ウェイと感きわまるのんびりした 田舎道を走って、着いたところはすばらしい海辺の別荘。家族は年がら年中こちらに住んでいて、もっぱら御主人だけが仕事でオスローに行くとか。 朝から庭の隅のすてきな石のテーブルで、マフィンやコーヒーのブレックファーストが用意されてある。すてきなコーナーだ。

photoせっせ、せっせとピクニック・メニューを用意し、海の横のこだかい岩の上にごちそうをならべる。なんてすばらしいところだろう。 このときのシーンとア―ティクルは、ノルウエーの雑誌、なんとか、なんとか、(こちらに送ってきていないからわからないが)の8月号に載っているそうな。 筆不精というか、メール不精というか、ノールウエーにその後問い合わせていない。

仕事が終わったあとがすてき。Bangthの50フィートの船で、まわりの島を一周したり、近くのポートまで見物にでかけた。

photo庭に15-6フィートのヨットがあったから、あー、これが水に浮いてたらなー、と思ったけれど、あと2、3日で海に浮かべる予定というので、残念だったけれど、 地球上には私の好みの大好きな場所いくつかあるが、是非、ここも付け加えようと思った。この日、家の中のSeaworthyな飾り付けが、汐っけあって大好きだったので、 さんざん誉めたら、なんと、帰りがけには、奥さまがかわいいパッケージにこれらのいくつかをおみやげにと持たせてくださった。 今、私の船DOLLYににそれらをつんでいる。

翌日は、わたしのクッキング・クラス。シアトルから必要だろうとおもわれる和食の調味料、みそ、昆布、かつおぶしなどを持っていって、 現地で材料を見てから、メニューを考えることにしていたが、買い出しには、たった1〜2時間しかなくて大慌て。それでも、おすしを含めて5コースをすることに。 デザートは、パリになんと源吉兆庵が出きていて、その抹茶カステラとびわのゼリーを買っていったので助かった。それに加えていちごの抹茶ソース。またまた、 ノルウエーでもとびきり腕のいいカメラマンだという、女流カメラマンつき。これもなんだか、なんだかの食の雑誌の9月号に載っているはず。8月にはいって、 レセピーをやっと送ったのだった。

ノルウエーでの新しい発見はシェフベラミ。飛行場でも彼のプロダクトはスパイスであれ、ジャムであれ、いろいろと買える、それほど有名な、 シアトルでいえばトムダグラス級か。ただ、彼のレストランは山の奥のまだ奥にあって、一年にたった20組しか、予約を取らないそうだ。行って来た友達に言わすれば、 まだ雪が残っているころがよさそうだと。来年8月にスウェーデンで、コンフェランスがあるので、その前に是非行ってみたい。ノルウエーでまた違うメニューを教え、 また新しいことに遭遇したい。味わってみたい。食に関しているだけでこんな楽しみが広がる。

photoプロバンスは94年、まだPeter Maleのプロバンスの12カ月がベストセラーになって間がなく、だれもかれもが、 プロバンスといって浮いていたころからほぼ毎年のように、行くようになった。IACPで知り合った、今は、ベストフレンズのDavid & Nito Carpita夫妻がSt.Remy de Provenceですてきなカントリーインとクッキング・スクールを開いたので、その当初からのお得意というか、 リピーターになったのである。おなじみのカフェ、マルシェ、レストランとまるで、我が故郷のように目をつぶってでも行ける。もともと、 モナコのプリンセス・カロラインが自分の子供達をこのサンレミドプロバンスの街の公立学校に通わせているぐらい、田舎でもハイブローな街なのだ。 もちろん年々、新しい店がオープンしたり、より観光化してきたけれど、とっても魅力的だ。まわりのすばらしい村、町にも近く、 また、海辺のマルセイユなんかにもたった1時間ばかりで行ける。友人の宿は毎年、毎年、よくなっていく。 photo数年前、神戸の友人とパリからロデズまでプロペラ飛行機で飛び、レンタカーを借り、ラグイーユのMICHELLE BRASに泊まった翌日、6時間ばかり、 山また山を縫って運転し、センレミについた時は、あーこの辺、私知っている、あー、こんなところ、自分で運転して来れるなんて!と大感激したことがあった。 自由に好きなところに行けて、エクサンプロバンスもニースもモナコも方々行きまわったものだ。今年、逝ってしまったアメリカ料理界の大御所のJULIA  CHILDのフランスの家を買った、これも料理の先生で、また我が料理工房にも一度教えに来てくださったKathy Alexを訪ねて、さんざん迷ったあげくに着いた、 Pechirine(家に名前がついている)ではJULIAのオフィスだった部屋に泊めてもらったっけ。94年、95年、97年と最初の頃、 あちこちの観光名所をまわってしまったので、さほどそういうツワーには、もう行きたくなくて、もっぱら住人ぶっているのも楽しい。 町に市の立つ日に、photoお気に入りの絵描きさんのパステル画を買いにいったり、アンティークを物色したり、オリーブの木でできたキッチン用具を買ったり、 ただ、絶対いかないとだめだったのがマルセイユのヨットグッズの店。我が愛艇、Dolly用のプラスティックのシャンパン・グラスをたった一箱(4本入り) を買うために。そのあとすぐアムステルダムに飛ぶため、海辺のそれはそれはすてきなレストランで昼食をしたあと、大急ぎで店に行った。 目指すシャンパン・グラスを求め、ついでにクジラのかわいいアップリケのはいったシャツを買い、御満悦。一路、マルセイユの空港へ。

photoオランダでのすばらしい1週間のコンフェランスのあとブリュセルへ。グランプラスのそばの4つ星のすてきなホテルに泊まる。 パリでも、リッツのすぐ裏の穴場の3つ星のホテルなどもお得だけど、旅に出ていて、部屋、サービスと居心地がよいのは、やはり4つ星かな。着 いた日は雨で、駅からすぐ近くなのだが、もう3週間近くもヨーロッパのあちこちを旅して、私のスーツケースはぱんぱん、とても身軽じゃなくて、 タクシーに頼らなくては。案の定タクシーの雲助運転手は、料金を通常の3倍にふっかけてくる。ま、とにかく行ってよー。ついたホテルのベル・ キャプテンにこれこれこんなにふっかけられてるんだけどいくらが相場?と、こちらの払いたいお金のみ渡す。世界各国、自分の足で目で、旅していると、 大概のことに、自分の良識で判断できる。ホテルの快適な待遇と旅の最後の食文化を探してブリュセルのおいしいチョコレートをおみやげに、 ホテルの用意してくれたベンツのショファー付きで送られ一路帰路についたのだった。目指していたバケツ一杯のムール貝は、まだ早く、 フレンチフライのみだったが、次回にもちこそう。


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