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教室でお料理を教えたり、世界の「食」を求めて旅をしたり、 また日常生活の中から役に立つアイデア、新しい発見、感激など、「食」に関するエッセイをお届けします。 ![]()
秋に一カ月ばかり日本へ行って戻ってきて 、ルーティーンの生活リズムを取り戻すのにやっと慣れたかな、と思う頃、 サンクスギビングでリラックスして、家族だけのシンプルさでごちそうをつくり、のんびりしていた連休最後の日曜日の朝、 日本の姉から電話。弟が急逝したとの知らせを受け、すぐ飛行機便を探し、電話から2時間半後にはシアトルの空港に向っていた。 生涯、ハンディキャップを背負った、家族の中で一番大事にされた弟だった。週日、寄宿生活をおくっていた学校関係者、 町内の人々、姉妹、親戚、友人達列席のもと、清々しい、暖かな葬儀が京都の南禅寺に次ぐ格のお寺、神戸の須磨、 禅昌寺で執り行なわれた。 心から愛した家族がひとり、ひとり逝ってしまうことのむなしさ、遠く外国にいて、ふだん何もしてあげられなかったもどかしさ 。秋に2―3度食事をともにし、元気でねと、別れたあとだった。 シアトルに帰って来て、4日後から、毎日、写経をはじめた。 決まったことを毎日続けるというしんどさを嫌でも経験した。 私みたいに結構ちゃらんぽらんな性格で、どう、こう、きっちりできるのだろうか。几帳面な性格だったら、 しやすいかも知れないが、やはり修業という類いに入るものだった。でも、どうしてもできなかった日 もありこそすれ、100日写経をやりとげた時は、本当に、『千里の道も一歩から』という強い信念が生まれた。その後、膨大な仕事に取りかかる時でも、毎日、少しづつすれば何でもないさ、出来るさ、と言う自信につながった。写経することが、わたしを鍛えてくれたのだった。 少し寄り道をしてしまったが、年の瀬、12月28日に除夜釜をした。
2010年12月
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