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教室でお料理を教えたり、世界の「食」を求めて旅をしたり、 また日常生活の中から役に立つアイデア、新しい発見、感激など、「食」に関するエッセイをお届けします。
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その昔に書かれた檀一雄の『檀流クッキング』が大好きで、その本の中に、檀家はみんな食いしん坊で、「おいしいものは家でつくる」を実行している、とあった。今日日、なにかおいしいものを食べようとなると、どこそこのなんとかという風になるようだが、本当においしいものは家でつくるというのにいたく共鳴する。 実際、今回も日本出発間際まで茶懐石のクラスを教えていて、30分ちかくも胡麻をすり、鍋でおなじような時間をつかって練ってつくった胡麻豆腐は、一口くちに入れるだけで、じわっと夢心地がするほどおいしい。飯、汁、椀盛り、焼き物、預け鉢、季節の松茸を使い(今年はまだまだ小さかったが)、変りご飯まで用意し、八寸、香の物と気を入れてつくったものは、うれしいぐらいおいしかった。日本で食べる外食に比べると、はるかにおいしいのは自然なことだ。 さて話は戻るが、今回、檀一雄の「能登島」に行くことになった。その前日は、唐津まで、アメリカはテキサスからいらした食の関係の夫妻をお連れし、洋々閣で泊まった。唐津では中里隆、太亀の隆太窯を見学。中里隆さんから『今日のご予定は』と聞かれ、『唐津は一泊だけで、午後には博多へ』と答えたが、『それは残念だなあ。唐津一、福岡一、いや、日本一おいしいおすしやさんがあるのだけれど』と。唐津一の陶芸家からのお誘いを受けられないとは、残念至極だった。でも唐津に着いたときの川島豆腐でいただいたお豆腐料理は、その豆腐そのものがおいしくて、息をつけないほど、とびあがるほどだった。至極の豆腐料理といってよいだろう。 唐津のあとは、博多までアメリカ人ご夫妻をお見送りし、数年前、茅ヶ崎のギャラリーで手に入れた大中すり鉢の窯元「小石原焼き」へ。 小鹿田(おんだ)焼きにて、飛び鉋や刷毛目に特色のある生活雑器の民陶である。霊山、英彦山の麓にある山の奥の奥といった 日本昔話に出てきそうな、なつかしさのある村で、太田熊夫窯では、のぼり窯で火入れの真っ最中だった。 そういう場に今まで遭遇したことがなかったので驚いたが、とても神聖な儀式であった。一日前に火入れをはじめ、 次々と窯に木をくべていくのだが、まわりは掃き清められ、神様をお祭りし、清々しい、おごそかな感じで、 なにか近寄りがたい感じがした。陶器にもオーガニックがある。化学合成釉をつかっていないのだ。 すべてが自然の釉薬を使って焼いている。そうだろう。こんなに辺鄙な山の中まで来たのは、私が持っているすり鉢の見事さから、 実際どんなところで作っているのだろう、ぜひ見てみたいと興味を持ったから。
島での夕食は必ず予約がいる。宿からすぐ近くのお店で、期待どおりにとびっきり新鮮な魚のコースを食した。 刺身も光っているではないか。次々運ばれる魚料理に堪能して、まして、こんなに新鮮なものをこんなに安い値段で食べれるなんてと驚愕! ぜひ次回は、主人を連れてこようと。
翌日、島唯一の観光スポット、アイランド・パークへ。コスモスが満開よりちょっと早いが、やさしげな島の気候にあって、
秋の空、秋の風にゆれている。
次の日は、島の展望台に登ってみた。360度見渡せる。西を向くと見える島が玄海島。そう、昔、 ミネルバIII(36フィートのヨット)が長崎に行く途中、寄港したという、あの島なんだと、感慨深く光る水面を眺めた。 そういえば子供達がまだ小学生の頃の夏休み、軽井沢から一日かけて陸路から合流し、呼子からミネルバIIIで 五島列島までのヨットレースに出たことがあったっけ。ヨットレースといっても、なんだかクルージングのような気分だったのを覚えている。 島では大歓迎を受けた。とびきり新鮮な刺身に地獄うどん。それから帰ってきて、長崎のハウステンボス観光へ、 海からヨットでいって上陸したのだった。 午後は、檀一雄の思索の森を歩いた。うっそうとした森が続く。島だから、そこかしこから海がかいま見れる。 2年前に買ったハットアイランド、どうするかなあ。2戸分あるのだが、計画は進展していない。
2日間も魚尽くしだったので、飽きてしまって、なにか違うものがほしいと、ちょっと洋風を探し、 宿からほど遠くない小高いところに、神戸出身の姉妹がやっているというレストランに行ってみた。そこからの眺めは、 まるでバンクーバーのよう。島のどこへ行っても他に客がいないから、貸し切りだ。まるで、自分の家のよう。 ひさしぶりにワインを頼み、それにあったアペタイツアーが出てくる。なぜか食傷気味だったので、友人とサラダともう一品、 ゴーヤチャンプルー(洋食ではないが)を頼んだ。食後のコーヒーもサブレとともにサーブされる。辺りはもうすっかり夜になり、 夜景がとてもきれい。その法外なお勘定には、驚いたが、とても気分のよい、島最後の夜となった。 菜の花の咲く頃、また、枇杷のなる頃、来てみたい島。檀太郎さん達は、いつここをついの住処とするのだろう。 島は温暖だから、田畑を耕せば、いつでもいいものができる。周りは海流の激しい海で、魚はいっぱいとれる。 あとほしいのは、この島に文化をシェアできる隣人ぐらいなものだろう。 島からはるばるシアトルまでもって帰ってきた小瓶の甘夏のマーマレード、焼きたてのバゲットにつけて食べている。 そう、この島でとれるものから、とびっきりの物産をつくる。また、島にない石釜焼きの天然酵母パンもつくれば、とすると、 余生を楽しくくらせる極楽の島になるだろう。
2008年10月
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