杉山洋子料理工房
 


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FOOD TALK

教室でお料理を教えたり、世界の「食」を求めて旅をしたり、 また日常生活の中から役に立つアイデア、新しい発見、感激など、「食」に関するエッセイをお届けします。



能登島

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8月にベルビューで、とあるディナーに招かれた。そのお席で同席した方から、福岡からすぐの島に檀太郎と晴子さんが移住しているのではないかと言われ、その島の話になった。わたしは読んではいないが、『火宅のひと』の著者、檀一雄の息子さん夫婦である。

その昔に書かれた檀一雄の『檀流クッキング』が大好きで、その本の中に、檀家はみんな食いしん坊で、「おいしいものは家でつくる」を実行している、とあった。今日日、なにかおいしいものを食べようとなると、どこそこのなんとかという風になるようだが、本当においしいものは家でつくるというのにいたく共鳴する。

実際、今回も日本出発間際まで茶懐石のクラスを教えていて、30分ちかくも胡麻をすり、鍋でおなじような時間をつかって練ってつくった胡麻豆腐は、一口くちに入れるだけで、じわっと夢心地がするほどおいしい。飯、汁、椀盛り、焼き物、預け鉢、季節の松茸を使い(今年はまだまだ小さかったが)、変りご飯まで用意し、八寸、香の物と気を入れてつくったものは、うれしいぐらいおいしかった。日本で食べる外食に比べると、はるかにおいしいのは自然なことだ。

さて話は戻るが、今回、檀一雄の「能登島」に行くことになった。その前日は、唐津まで、アメリカはテキサスからいらした食の関係の夫妻をお連れし、洋々閣で泊まった。唐津では中里隆、太亀の隆太窯を見学。中里隆さんから『今日のご予定は』と聞かれ、『唐津は一泊だけで、午後には博多へ』と答えたが、『それは残念だなあ。唐津一、福岡一、いや、日本一おいしいおすしやさんがあるのだけれど』と。唐津一の陶芸家からのお誘いを受けられないとは、残念至極だった。でも唐津に着いたときの川島豆腐でいただいたお豆腐料理は、その豆腐そのものがおいしくて、息をつけないほど、とびあがるほどだった。至極の豆腐料理といってよいだろう。

唐津のあとは、博多までアメリカ人ご夫妻をお見送りし、数年前、茅ヶ崎のギャラリーで手に入れた大中すり鉢の窯元「小石原焼き」へ。 小鹿田(おんだ)焼きにて、飛び鉋や刷毛目に特色のある生活雑器の民陶である。霊山、英彦山の麓にある山の奥の奥といった 日本昔話に出てきそうな、なつかしさのある村で、太田熊夫窯では、のぼり窯で火入れの真っ最中だった。 そういう場に今まで遭遇したことがなかったので驚いたが、とても神聖な儀式であった。一日前に火入れをはじめ、 次々と窯に木をくべていくのだが、まわりは掃き清められ、神様をお祭りし、清々しい、おごそかな感じで、 なにか近寄りがたい感じがした。陶器にもオーガニックがある。化学合成釉をつかっていないのだ。 すべてが自然の釉薬を使って焼いている。そうだろう。こんなに辺鄙な山の中まで来たのは、私が持っているすり鉢の見事さから、 実際どんなところで作っているのだろう、ぜひ見てみたいと興味を持ったから。

pics翌日、博多駅のバスセンターで神戸からの友人と待ち合わせをし、能古島に行くフェリーの船着場へ。高速バスにのって25分ほどで港に着いてしまう。そこからたった10分のフェリーライドだ。あっというまに島に着いた。着いたら、お宿は目と鼻の先。どう見ても「寅さん」映画のロケ地みたいだ。小さなフェリーだが車も人も乗船できる。こういう感じはこたえられない。着いてすぐ、島でつくっているというコーヒー豆でひいたアイスコーヒーを飲む……。とてもおいしい!しかも、たったの230円!(ホットコーヒーは、200円)こんなにおいしいコーヒーが飲めるのなら、島で暮らしていけるね、とか。

島での夕食は必ず予約がいる。宿からすぐ近くのお店で、期待どおりにとびっきり新鮮な魚のコースを食した。 刺身も光っているではないか。次々運ばれる魚料理に堪能して、まして、こんなに新鮮なものをこんなに安い値段で食べれるなんてと驚愕!  ぜひ次回は、主人を連れてこようと。

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翌日、島唯一の観光スポット、アイランド・パークへ。コスモスが満開よりちょっと早いが、やさしげな島の気候にあって、 秋の空、秋の風にゆれている。
万葉集の防人の歌もこの島で詠まれている。
picsお昼はこの島名物の能古うどん。ゆでたての冷やしうどん。麺もつやつや。こんなにおいしいうどんがあるなら、 この島で暮らしていけるな、と、また思ってしまう。この島で作っている窯もありで、その作品は玄界灘のブルーに似て濃紺の地で、 記念に買ってきたコーヒーマグもスープ用の手つきボウルも。翌日行った博物館でも手に入れた馬上杯やおちょこも同じ色。 ここで生活しようとしたとき、この窯で好きなものを作ってもらえそう。

picsこの島に3泊する予定でいたので、滞在中は、ゆったりした気分で、あくせくしないのがよかった。 島の郵便局もフェリーの着き場からすぐのところにある。すべてが100m以内で用事が足りてしまう。 もともと島の周囲12km、住民も300戸、800人ほどという。
翌日は、檀一雄の旧宅へ行ってみた。眺めがよく、向かいの福岡が一望できる。去年か今年かに建てられたらしい記念碑も家の前にできている。 まわりは、黄金の実りをつけているお米のだんだん畑。とっても気持ちよく、いいところだなあと思う。しばらく道を登っていくと、 昔ながらに手作業で稲刈りをし、稲の束を干している人たちにでくわした。とってもいいお顔をした80歳は優に超えるおじいさんと健康そうに日焼けしているその方の娘さん。記念にその田の稲を少しわけてもらった。シアトルに帰ったら、炉開きでも新年でも稲穂を揚げて点心の飾りになるだろう。

次の日は、島の展望台に登ってみた。360度見渡せる。西を向くと見える島が玄海島。そう、昔、 ミネルバIII(36フィートのヨット)が長崎に行く途中、寄港したという、あの島なんだと、感慨深く光る水面を眺めた。 そういえば子供達がまだ小学生の頃の夏休み、軽井沢から一日かけて陸路から合流し、呼子からミネルバIIIで 五島列島までのヨットレースに出たことがあったっけ。ヨットレースといっても、なんだかクルージングのような気分だったのを覚えている。 島では大歓迎を受けた。とびきり新鮮な刺身に地獄うどん。それから帰ってきて、長崎のハウステンボス観光へ、 海からヨットでいって上陸したのだった。

午後は、檀一雄の思索の森を歩いた。うっそうとした森が続く。島だから、そこかしこから海がかいま見れる。 2年前に買ったハットアイランド、どうするかなあ。2戸分あるのだが、計画は進展していない。

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2日間も魚尽くしだったので、飽きてしまって、なにか違うものがほしいと、ちょっと洋風を探し、 宿からほど遠くない小高いところに、神戸出身の姉妹がやっているというレストランに行ってみた。そこからの眺めは、 まるでバンクーバーのよう。島のどこへ行っても他に客がいないから、貸し切りだ。まるで、自分の家のよう。 ひさしぶりにワインを頼み、それにあったアペタイツアーが出てくる。なぜか食傷気味だったので、友人とサラダともう一品、 ゴーヤチャンプルー(洋食ではないが)を頼んだ。食後のコーヒーもサブレとともにサーブされる。辺りはもうすっかり夜になり、 夜景がとてもきれい。その法外なお勘定には、驚いたが、とても気分のよい、島最後の夜となった。

菜の花の咲く頃、また、枇杷のなる頃、来てみたい島。檀太郎さん達は、いつここをついの住処とするのだろう。 島は温暖だから、田畑を耕せば、いつでもいいものができる。周りは海流の激しい海で、魚はいっぱいとれる。 あとほしいのは、この島に文化をシェアできる隣人ぐらいなものだろう。

島からはるばるシアトルまでもって帰ってきた小瓶の甘夏のマーマレード、焼きたてのバゲットにつけて食べている。 そう、この島でとれるものから、とびっきりの物産をつくる。また、島にない石釜焼きの天然酵母パンもつくれば、とすると、 余生を楽しくくらせる極楽の島になるだろう。

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2008年10月




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